千里には、むかし、遊園地が存在していた!

大阪で、結婚式場・球場が減ってきていることは、いくつか記事にしてきました。

あと、周辺地域も含めて、遊園地も減ってきていると思いませんか?

・奈良ドリームランド
・宝塚ファミリーランド
・狭山遊園地

少子高齢化の時代の流れなのかもしれませんが…。

今回は、むかし、千里にも遊園地があったという話題です。

果たして、どこに、どのような遊園地があったのでしょうか?

◎千里山遊園地の歴史

むかし、箕面に動物園があったという話はしました。

記事はこちら:
むかし、箕面には巨大な遊園地があった!

なんと、千里にも、むかし、遊園地があったということです。

その名前は、千里山遊園地。

かつて大阪府吹田市に存在していたようです。

開園は1920年頃。

香里遊園地(現:ひらかたパーク)ができるまでは、大阪で唯一の遊園地だったようです。

千里山遊園地は、46000㎡の広大な敷地をもっていました。

ボートを浮かべた池や、動物舎、飛行塔などがあったようです。

中でも、飛行塔は、大阪市内を一望することができたと言われており、人気アトラクションだったと言われています。

戦時中は、千里山厚生園と名前を変え、遊園地を閉鎖していましたが、戦後再開し、千里山遊園地となりました。

戦後、ひらかた遊園に代わって、菊人形展を開催していた時期もあったようですが、ひらかた遊園の復活とともに、菊人形展はひらかた遊園のものになりました。

その後、千里山遊園地は、入園者がどんどん減少。

1950年、ついに廃園となりました。

◎千里山遊園地の跡地

現在、千里山遊園地の跡地は、関西大学と関西大学第一中学校・高等学校となっています。

閉鎖後は、関西大学が跡地を買い受けたのです。

深い歴史のある千里山遊園ですが、ここにはもうひとつトリビアがあります。

現在の関大前駅は、駅名が変更された回数が日本一の駅なのです。

記事はこちら:
駅名の変更回数が日本一の駅が大阪の中にある!

この駅名変更の変遷の中に、千里山遊園地も含まれているのです。

紆余曲折はありますが、この地域は、地元の人たちからずっと愛され続けているのでしょう。