なつかしのCM「クラレ白鷺」!今はどうなっているの?

「ふたりのク~ラ~レ~(白鷺よ)」

「クラレのふ~た~り~(白鷺ね)」

「ふたりは愛を~」

「ク~ラ~レ~し~ら~さ~ぎ~」

年代は限定されますが、関西の人なら、このCMを見たことがある人はとても多いと思います。

昭和の時代に栄えていた結婚式場である「クラレ白鷺」は、一体どこに存在していて、現在はどうなっているのでしょうか?

◎クラレ白鷺とは

クラレ白鷺は、大手紡績メーカーである「クラレ」が運営する結婚式場で、大阪市福島区の野田阪神にありました。

冒頭のフレーズで知られるCMが頻繁に放送されていたため、関西地区においては、抜群の知名度を誇る結婚式場になっていました。

昭和44年にオープンしたクラレ白鷺は、全盛期(昭和50年)には年間800組の結婚式が行われていました。

私も小さい頃、JR大阪環状線から、野田駅の北側付近を通っていたときには、クラレ白鷺の看板のようなものを眺めていたような気がします。

しかし、バブルが崩壊し、平成大不況の中、1998年、クラレ白鷺は、約30年もの歴史にピリオドを打つことになったのです。

◎クラレ白鷺の跡地

クラレ白鷺の看板の見えていた野田駅付近に行ってきました。

自分の記憶を頼りに、野田駅と環状線の付近を探索すると、関西スーパーが見えてきました。

この関西スーパーの横には巨大なマンションが建てられています。

電車の社窓から見えた感覚としては、このあたりにクラレ白鷺があったような気がします。

おそらく、跡地は巨大なマンションに変わってしまっているのでしょう。

◎結婚式の多様化

クラレ白鷺が消えた背景としては、結婚式の多様化という大きな流れがあったのでしょう。

1980年代はなんでも豪華に盛大に行うハデ婚が流行っていました。

1990年代はバブルが崩壊し、堅実でシンプルなジミ婚になりました。

2000年代は、式場での披露宴というよりも、ハウスウェディングやレストランウェディングなどのプライベートを重視できるナチュラル婚になりました。

そして、最近は、結納、婚約指輪、挙式、披露宴などをしない、入籍だけのナシ婚というのが流行ってきています。

ハデ婚にニーズを合わせて栄えていたクラレ白鷺も、時代の流れには逆らえなかったのでしょう。

昔のCMや看板をよく知っている自分としては、寂しい限りです。