寝屋川市から姿を消したグラウンドとひとつの駅

関西の大手私鉄5社(阪急、阪神、京阪、南海、近鉄)のうちで、プロ野球の球団を所有したことのない会社があります。

ある程度の年代の人なら簡単に分かると思いますが、若い人は、ピンとこない人もいるのではないでしょうか?

正解は…

京阪になります。
(阪急ブレーブス、阪神タイガース、南海ホークス、近鉄バッファローズ)

しかし、そんな京阪電鉄にも、昔、球団経営を視野に入れた球場が存在していたことは、あまり知られていないのではないでしょうか?

そして、その球場が消えたことで、京阪電車から、ひとつの駅が姿を消してしまっていたのです。

◎京阪グラウンドと豊野駅

京阪電車の寝屋川市駅から、500mほど京都寄り(香里園側)の場所には、かつて駅が存在していました。

その駅の名前は「豊野駅」。

豊野駅は、沿線の運動施設として京阪が建設した「京阪グラウンド」への最寄駅として、1922年(大正11年)に開業しました。

開業当初は「運動場前駅」という名前の臨時駅でした。

京阪グラウンドでは、陸上競技場や野球場やテニスコートが整備されていて、甲子園大阪大会の会場であることはもちろん、春の選抜高校野球の開催も計画されていたほどの盛り上がりを見せていました。

その盛り上がりとともに、運動場前駅も臨時駅から常設駅に格上げされました。

しかし、ご存知、阪神甲子園球場が完成し、高校野球は春も夏も甲子園で開催することが決定すると、京阪グラウンドは、その存在意義が揺らぐことになってしまいました。

そして、1942年(昭和17年)、京阪グラウンドは、利用率の低下により、閉鎖することになったのです。

京阪グラウンドの閉鎖に伴い「運動場前駅」も駅名を変更せざるをえなくなり、1943年(昭和18年)に「豊野駅」に改名されることになりました。

◎寝屋川市駅との統合

京阪グラウンドの跡地は、住宅地に生まれ変わりました。

京阪グラウンドの玄関口としての役目を終えた豊野駅でしたが、今度は、地域住民ために活躍することになりました。

駅は2面4線のホームとなっており、豊野駅で折り返す大阪方面の列車もありました。

豊野駅の規模は、寝屋川市駅よりも大きく、乗降客数も寝屋川市駅よりも多かったようです。

しかし、1963年、京阪電車が淀屋橋まで延長されると同時に、寝屋川市駅がそれまでの位置から、少し京都寄りに移設されることになりました。

このため、近くにあった豊野駅が巻き込まれることになり、移転後の寝屋川市駅に吸収される形で、豊野駅は廃止されることになったのです。

「(旧)寝屋川市駅 → 豊野駅 → 香里園駅」

 ↓

「(新)寝屋川市駅 → 香里園駅」

京阪グラウンドの玄関口として、地域住民のものとして、活躍した豊野駅でしたが、時代の流れには逆らえませんでした。

京阪グラウンド、そして豊野駅は、大阪から姿を消しました。

現在、京阪グラウンド跡には、「寝屋川球場跡」という記念碑があります。豊野駅のあったと思われる場所は、ホーム跡は確認できませんが、線路際が少し道路側にはみ出しているような感じを受けます。

豊野駅があった場所は、現在の寝屋川市役所にかなり近いです。

もし、寝屋川市駅が今の位置に移転しなかったら、今でも、豊野駅は活躍していたのでしょうか?